人をけなして

人をけなしながら、笑いを取るタイプだね。

 

こう言われた。

それで言い返してくれたら丁度良いんですよ、と返事をしたけれど、本当にそう思っているのか。弄られるの嫌いだし。

いやこう書くのは適切じゃないかも。

人をけなして笑いを取ってしまう、それが本性だろう。

 

自分が良い人間であるとか、何か思ってしまうところがある。

それに疲れてしまう自分は無視しているね。完全にね。

 

黒い気持ちは吐き出さないといけない。

適切な方法で、場所で。

 

いやだなあ。

 

送った荷物が受け取られなかったように、悪口や良くない言葉も自分に帰ってくるんだよ。

 

いつかね。

メランコリー

勘定を済ますとレストランから外へ出た。そしてますます美しいものとなりつつあったメランコリーの気分に満たされて通りを歩きまわった。テレザとは7年一緒に過ごした。そして今、その年月は暮らしたときより思い出の中でいっそう美しいことに気がついた。

 

彼とテレザとの愛は美しくあったが、世話のやけるものであった。絶えず何かをかくし、装い、偽り、改め、彼女をご機嫌にさせておき、落ち着かせ、絶えず愛を示し、彼女の嫉妬、彼女の苦しみ、彼女の夢により告訴され、有罪と感じ、正当性を証明し、謝らなければならなかった。この苦労が今や消え去り、美しさが残った。

 

I-14

存在の耐えられない軽さ

ミラン・クンデラ

存在の耐えられない軽さ

永劫回帰

ニーチェのその考え方は秘密に包まれている。

 

人生とはすなわち重さであり、背負う荷物が重いほどに地上に縛り付けられ、現実へとつながっている。

 

人の一度の愚かな行為が永遠に繰り返されるのであれば、その行為はすなわち重さとなり、重大な意味を持つであろう、しかし一度で永久に消えて、もどってくることのない人生というものは、影に似た、重さのない、前もって死んでいるものである。

 

人生に影響を与えた本シリーズ。

ミラン・クンデラ

ヤンキー漫画にサイヤ人が突如現れるような世界観

ヤンキー漫画にサイヤ人が現れるような、世界の理を超えたものを登場させる作品は難しいなあと思う。

ヤンキーが戦っているのに急に助っ人でサイヤ人が現れたら、それは強すぎて面白くない。

 

圧倒的なものを登場させるにしても、さりげなく、違和感を感じることなく、ただの強敵が現れただけのように描写されている作品は良いなあと思う。

そういった描写で記憶に残っているものは何か、と聞かれたら、宮部みゆきの「荒神」かなあと答えるかもしれない。畏怖というものを体感できる、とても好きな作品でした。

 

昔の趣味が戻ってきた感じ

最近は音楽を聴いている。昔みたい。

読み終えていない本も久しぶりに手に取った。

 

 

不思議とこういう気分になることはある。

 

いつも決まって、音楽は夜になるのは変わっていないけれど。

夜は音楽を聴くものだということが染み付いている。

 

仕事向いていないなあ、寝なくちゃいけない時間なのに。

 

あんたっちゃぶるわーるど。

(メモ)うつ病を解決していった話、そのブログ。

うつ病について語っている記事を読んだ。

うつ病の自覚がなくとも参考になる内容だったと思う。

メモがわりに。

 

twicomi.com

 

うつ病は自分にある可能性もあること。

自分の本心に嘘をつくと恐ろしいことになること。

自分の中の、非論理的な自分に向き合って、事実と共感を使い分けること。

過去なんか何も関係ないこと。

金曜日の23時27分

ホッとする時間。

 

頭が疲れてぐるぐるしている。

 

新しいことを学ぶのに受け身になりたくない。

 

自分から求める人間でありたい。

 

けど疲れるんだよなあ・・・。

 

マクロ申し込もう・・・。

 

サイバーパンクで出てくるような日常、爽快な天気を新時代の車で切り裂くみたいに、人工的な自然、海はなし。

 

そんな日常はどこにもない。