例えばふと微笑んでしまう瞬間

ふと微笑んでしまう瞬間、その一瞬、世界は急に色づいたものになると思う。

 

行きつけの温泉、20円で2分使えるドライヤー。

 

バンドマンでもない限り、男は多分2分もいらない。

それは大抵、1分30秒程度で終わって、残り30秒くらいを持て余して終わる。

 

その30秒を如何に使うか、それはあなたの心に委ねられる。

冷風にして髪をセットするのもよいし、そのまま電源を切って立ち去るのもあなたの自由だ。自由とはすなわち、選択することができるということなのだろう。

 

私の前に髪を乾かしていた男は、乾かし終わったその後、その残りの30秒を次に使う人、つまり私に譲るという選択をした。

良い男だ。いくら自由といえども大抵の人間は電源を切り、自分の髪だけ乾かしてしまえばそれで終わりである。そんな中、彼は「これ使って良いっすよ!」などと発言し、しっかりと目盛りを冷風にしてから渡してきた。

たかが髪を乾かすことではあるが、それは心が乾いている人間にはできない所業である。

心からの優しさ、それに触れることができるのは滅多にないだろう。

 

ありがとうございます!と万遍の笑みを浮かべそれを受け取った私は、目盛りを温風にし、こんな優しい人がいるんだなあと思いながら電源をつけ、髪を乾かし始めた。

 

2秒で切れた。